忍者と天心流
- 2014/01/26
- 05:22
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天心流兵法は古代より伝承する忍者の法を今に伝える武術です。
というのは冗談なのですが、見方によっては一面の事実とも言えなくもないというのが今回のテーマになります。
私は普段着が和服ですので出かけるとお声がけを頂き、「何をされている方なのですか?」と訊ねられる事があるのですが、中村師家とご一緒の時、中村師家が「忍者です。ドロン!って。わかります?」と茶目っ気たっぷりに答える事があります。
悪戯心のある方なのでそういう事を仰ったりするのですが、時折「忍術の指導はされていますか?」というお問い合わせを頂くのはそのせいかもしれません。
この忍術の定義が非常に難しく、回答に迷う所なのですが、基本的には「天心流兵法は忍術流儀では御座いませんので忍術は指導しておりません。」という所が無難な回答になります。
しかし、そもそも忍者、忍術とは何なのでしょうか?
忍者のイメージといえば、伊賀流(三重県伊賀市と名張市)、甲賀流(近江国甲賀の地)など「忍の一族」というものがまずあります。
また戸隠流などの流儀も存在すると言われております。
また御庭番などの存在も、忍者と言えるでしょう。
一説では「柳生一族は忍の集団である」という説すらも存在します。
こういった忍者集団というイメージ、忍者像は江戸中期に読本など通して広まったものとも言われております。
その性質は秘してこそというものですので、なかなか実際の所がはっきりしません。
ですが、いわゆる武芸十八般にも「忍(隠)の事」が含まれておりますように、「忍びの者」を広義で捉えますと、何らかの密命を帯びた等、忍んで隠密行動を行えばそれはすなわち隠者、忍者と言っても差し支えないでしょう。
「忍者」という特定の職分、集団や家がどの程度まで、イメージのようなものと合致するのかはよくわからない所ですが、間諜、間者、密偵など、お役目として「忍」ぶ者はいつの時代にも存在し、それが「忍び」「忍者」「草の者」などの称号を受けたというのは間違いない事です。
つまり様々な特殊工作、特殊活動に従事するものであり、そういった存在は古来より現代まで必要とされてきました。
忍者を今風に考えるとアメリカならばCIA(中央情報局)、モサド(イスラエル諜報特務庁)、日本では内閣情報調査室(CIRO)になるでしょうか。
また公安警察には外事課という外国のスパイ活動、国際テロリズムなどに対する捜査部門があるそうです。2009年に小説「外事警察」が出版され、NHKでドラマ化、後に映画化もしたためご存知の方もいらっしゃるかもしれません。これも諜報機関と見てよいかもしれません。
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日本はスパイ天国などというありがたくない称号を持っていると言われますが、安部総理が旧安倍内閣と同様に日本版NSC構想、そして日本版CIA(再)構想を提案されている事も話題となり、2014年(平成26年)1月7日に国家安全保障局が67名体制で発足したのも記憶に新しい所です。
・国家安全保障局が67人体制で発足 首相「戦略的に領土守る」
またネット上では一種のジョークとして、日本最強の情報機関は2ちゃんねる鬼女板(=既女板=既婚女子板)であるというようなネタがあります。
しかし現実的にネットの海は広がり続け、今後益々電脳情報社会が進む以上、国家戦略としてサイバースペースを制する国家が、世界を制する…という未来が来るかもしれませんから、冗談ではなくネット上の諜報活動も日本にとっては本腰を入れて取り組むべき課題でしょう。
■ 天心流兵法に伝承する心得
さて、話が大きく逸れましたが、天心流兵法では、それを特に忍者、忍術などの呼称を用いておりませんが、様々な兵法の中に、そういったものと類似すると思われる技法を伝承しております。
・尾行を見破る術
・待ち伏せ破りの術
・提灯の心得
・服装の心得
・闇の心得
etc…
これらは伝書に書かれていた各種心得です。
伝書はくずし字で読めないものでしたが、先代の石井先生は中村師家のため、丁寧に横に翻字を書き入れながら、描かれた墨絵なども指さしながら、それぞれの意味を口伝され、また折にふれてはそういったものを実地で示して下さったそうです。
残念ながらその伝書は焼失してしまいましたが、ほぼ全てを記憶されており、私達も口伝を受け、実際に可能な範囲でこれらを実践し、その効用を試しております。
それこそ含み針でありましたり、旅先に小さな庫裏などで寝る時の心得、屋敷に忍び入る際の事など、現代ではまったく使わないであろう心得が無数に存在しますので、稽古場ではない師家宅などで個別に教授されます。
よく実際のスパイは映画やテレビのような派手なものではなく、実に地味なものだという話があります。
見た目も特徴的な美男美女や醜男(しこお)醜女(しこめ)では人相が覚えられやすく目立つので、ありきたりな顔が一番とも言います。
隠密というのも同様に地味でなければ活動に支障があります。
忍んでこそ忍びです。
所謂忍者のイメージである忍者服を普段着にするわけもありません。
同じようにその技法においても、実に地味なものが多いものと思われます。
こういったものは天心流の専売特許ではありません。
実は古流武術の伝書には、そういった忍術との境界線が曖昧な様々な伝法が記載されたものが多く見受けられますが、同じように地味なものかと思われます。
ただいずれも天心流と同様に、その多くが現代においては有効ではないものかと思われます。
現代に江戸期の忍びの術をもってスパイを育成してもあまり意味がないでしょう。
しかし戸隠流で有名な初見良昭先生は世界的に有名であり、また名だたる警察機関、軍隊関係、そして秘密機関に所属される方々が学ばれているそうです。
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テレビ東京の「YOUは何しに日本へ?」という放送で、度々武神館は取り上げられているのでご存じの方も多いかと思います。
まったく意味がないものであれば、まさしくファンタジーとしての忍術を学びに来ているということになりますが、どうやらそうではないようです。
時代が異なっても命のやりとりの根底に流れる「理(ことわり)」が変わる事はありません。
長い年月を経て生き残ったものの濃密な世界に触れる事で、その根底の理に触れる事が出来る事を識っているのではないかと思います。
流石に現代の諜報活動員育成の為に、古流武術の秘伝を…というような、漫画のような話を目指すわけではありませんが、時代が移り変わり実用に堪えるものではなくなったものの、古伝をそのまま残していくというのは伝承者の使命と天心流では考えております。
■ 型だけが古武術の文化ではない
難しいのはこれをどうやって実伝として伝えていくかです。
「せっかく伝統と格式の古流武術を学ぼうと思って入門したら、なんだか忍者ごっこみたいな事を教えられた」
と言われてしまっては困ります。
実際に中村師家も先代に教わっていた時には、それほど興味があったわけでも無かったそうです。
(「剣術や抜刀の方が良い」と)
まして現代には活用出来ないものが多いのですから、存在意義を見出すのは容易な事ではありません。
実際に多くの流儀は伝授を廃止しているとも聞きます。
そのために伝書には書いてるのもも、「口伝」などのみ記されている事も多く、現在では推測も復元も出来ない場合もあるようです。
もちろん時代の趨勢の中での選択、ないしは結果の是非を問うべきものではありませんが、現在となっては天心流のようにそういった兵法に拘泥する流儀がマイノリティとなった結果、天心流のそういった側面も奇異の目を向けられる事が多いのが実情です。
ですが「もうそういう時代じゃないけど、いつか財産になると思う」と総てを伝えてくれた石井先師、そしてあまり興味なかったと言いながらも真摯に学ばれた中村師家の受け継がれたものを「世間に莫迦にされたから」という理由で捨て置く事は出来ません。
理由により、中には再現不可能なものも少なくありませんが、どこまで生きた兵法として「隠」の技法を残していけるのか?
これは非常に難しいものです。
伝統とひとくくりにしてしまうのは簡単な事ですが、勢法(型)だけが古武術の文化ではありません。
文化全体を通して、生きた形でこれを伝えていく事。
これが現代に伝承する私達に課せられた大きな課題になっております。
なお現在の所はそれらを修業者の全員が学び、受け継ぐという姿勢では指導しておりませんし、今後もそうする予定は御座いません。
ある程度の智識は口伝しますが、これを実伝として学習し磨くのは希望者のみとしておりますので、そういうのはちょっと…という方はご安心いただければと思います。